横浜流星が習っていた空手の流派は、極真空手(極真会館)だ。
所属事務所スターダストプロモーションの公式プロフィールには、特技として「極真空手 初段」と明記されている。これは本人の過去のインタビューだけでなく、現在も確認できる公式なプロフィール情報だ。
初段とはどの程度の実力なのか空手の段位は、基本的に技術や習熟度を示すものだ。初段は黒帯に相当する段位であり、初心者や単に趣味として経験した人とは異なる修練を積んだ証しとなる。
ただし、段位だけで競技能力のすべてが決まるわけではない。
横浜の場合、初段という資格に加えて、国際大会での優勝実績がある。つまり、技術を身につけただけでなく、実際の競技でも結果を残している。
極真空手を選んだ理由は型の格好よさ2019年8月、NHKの情報番組『あさイチ』に出演した横浜は、空手を始めた頃のことを振り返っている。
その頃は型をメインにやってたので、その型がすごくかっこよくて、自分もやりたいっていう風に思って
E-TALENTBANKが報じた番組内容によると、幼少期にはサッカーや野球など複数の習い事を体験。その中で空手が最も楽しく、自分から両親に希望を伝えたという。
ここで注目したいのは、親に強制されて始めたわけではない点だ。
最初は型の美しさに惹かれ、そこから稽古や試合に打ち込むようになった。横浜の競技人生は、自分自身の興味から始まっている。
【いつから始めた?】小学1年生から松伏道場で磨いた実力と世界大会優勝

横浜流星が空手を始めたのは小学1年生のときだ。
1996年生まれの横浜は、幼少期から埼玉県松伏町で過ごしたことで知られる。空手の活動拠点として名前が挙がるのが、極真会館下総支部の松伏道場だ。
松伏道場で積み重ねた稽古松伏町が発行した2012年1月号の広報紙「広報まつぶし」には、横浜流星の大会優勝が写真付きで掲載されている。
同広報紙によると、2011年の大会には世界70の国と地域から869人の選手が出場。極真会館下総支部の松伏道場からも13人が参加し、2人が優勝した。
横浜はその優勝者の一人だった。
この記録は、芸能ニュースの紹介だけではなく、地元自治体の広報資料にも残っている。
2011年第7回国際青少年空手道選手権大会で優勝横浜が世界一になったのは、2011年に開催された「第7回国際青少年空手道選手権大会」だ。
国際空手道連盟極真会館が公開している公式大会結果には、次のように記録されている。
| 項目 | 大会記録 |
|---|---|
| 大会名 | 第7回国際青少年空手道選手権大会 |
| 開催年 | 2011年 |
| 競技カテゴリー | 13~14歳男子 |
| 体重区分 | 55kg未満 |
| 優勝者 | 横浜流星 |
| 所属 | 下総支部 |
| 順位 | 1位 |
公式記録では、13~14歳男子-55kgの部の1位に「横浜流星(下総支部)」と掲載されている。所属事務所の公式プロフィールにも同じ優勝記録が記載されており、両者の情報は一致する。
「世界チャンピオン」の意味を正しく理解するここで押さえておきたいのが、優勝したカテゴリーだ。
横浜は13~14歳男子55kg未満という年齢・体重別の部門で優勝している。
つまり、世界大会のカテゴリー別チャンピオンである。
成人の無差別級大会で優勝したという意味ではないが、世界各国から選手が参加する国際大会で、その部門の頂点に立った事実は変わらない。
中学生で国際大会の優勝者になったこと自体が、横浜流星の空手経験を語るうえで最も重要な実績だ。
【組手の実力を検証】横浜流星は型だけでなく実戦でも結果を残した
横浜流星の空手について、意外と知られていないのが「型」と「組手」の違いだ。
空手には大きく分けて、決められた動作を正確に演武する型と、相手と技を交わして勝敗を競う組手がある。
2019年の『あさイチ』では、横浜は始めた頃について型を中心に練習していたと説明した。
一方、2026年9月27日放送の日本テレビ系『メシドラ~兼近&真之介のグルメドライブ~』では、空手の競技形式について「組手でした」と明かしている。
この2つの発言を整理すると、幼少期には型に魅力を感じて始め、その後、組手競技にも本格的に取り組んでいたことが分かる。
極真空手の組手は何が違う?極真空手の大きな特徴は、直接打撃制を採用する競技形式にある。
一般的な極真ルールでは、次のような特徴がある。
- 突きや蹴りを実際に相手に当てる。
- 下段蹴りや中段蹴りなどの攻撃技を使う。
- 手や肘による顔面への攻撃は禁止される。
- 攻撃力だけでなく、受けや間合い、体力も問われる。
国際空手道連盟極真会館の試合規則にも、顔面への手技・肘による攻撃などの反則が定められている。
型で求められるのは、動作の正確さや身体の使い方、技の緩急だ。一方、組手では相手の動きを読み、攻撃と防御を瞬時に切り替える判断力が必要になる。
横浜が世界大会で優勝した実績と、2026年の本人発言を合わせると、単に型を美しく演じるだけの経験者ではなく、対人競技にも取り組んできたことが分かる。
空手で培った能力は俳優業にも生きている横浜自身、空手の経験が現在の仕事に役立っていると語っている。
シネマトゥデイの2023年のインタビューでは、空手を続けたことで精神面が鍛えられ、礼儀や謙虚さを学んだと説明している。
また、2016年のクランクイン!のインタビューでは、アクションや集中力が必要な場面で空手経験の価値を実感すると話していた。
空手の経験は、アクションの技術だけでなく、撮影現場で求められる集中力や継続力にもつながっている。
【那須川天心・与座優貴との関係】空手時代からの意外なつながり
横浜流星の空手歴を語るうえで欠かせないのが、現在も第一線で活躍する格闘家との関係だ。
2026年9月27日放送の『メシドラ』では、横浜自身が当時の練習仲間や対戦相手について具体的に語った。
ここでは、事実関係を整理しておこう。
横浜流星と那須川天心は対戦していた?横浜とは極真空手時代に練習会や大会で接点があった人物。現在はプロボクサーとして活動している。
2026年9月の番組で横浜は、空手時代に一緒に練習していた仲間として那須川天心の名前を挙げた。
ただし、2人は実際に試合で対戦したわけではない。
横浜は、極真空手では年齢ごとにカテゴリーが分かれていたため、直接対戦することはなかったと説明している。
一緒に練習したり、同じ大会に出たりとかはしていました。
つまり、那須川天心とは同じ競技環境で切磋琢磨した関係であり、試合で勝敗を争ったライバルという説明は正確ではない。
与座優貴とは国際大会で実際に対戦極真空手の大会で横浜と対戦した経験を持つ格闘家。後にキックボクシングへ転向し、世界的な舞台で活躍している。
与座優貴との関係は、那須川天心とは異なる。
2011年の国際大会で、横浜と与座は実際に対戦している。
2020年8月24日の日刊スポーツの記事によると、横浜は同大会の13・14歳男子55kgの部で与座に勝利し、優勝した。
その後、2人は映画『きみの瞳が問いかけている』で再会することになる。
横浜がキックボクサー役の塁を演じ、与座が劇中の対戦相手を担当した。
横浜は当時の共演について、次のように喜びを語っている。
戦友と違った形で会って共に作ることが出来たことが、うれしかったです。
実際に競技で対戦した相手と、今度は映画の撮影現場で共演するという、珍しいつながりだった。
対戦したのは準決勝?準々決勝?ここには報道上の表記の違いがある。
2020年の日刊スポーツは準々決勝で与座に勝ったと報じている。一方、2026年9月の番組出演を伝えたスポニチの記事では、横浜本人が準決勝で戦った相手と振り返ったと記載されている。
| 情報源 | 対戦ラウンドの説明 |
|---|---|
| 2020年・日刊スポーツ | 準々決勝 |
| 2026年・スポニチ | 準決勝 |
| 共通している事実 | 与座と対戦し、横浜が勝利して大会優勝 |
対戦したことと横浜が勝利したことは双方の報道で一致している。異なるのは試合ラウンドの表記だ。
【俳優転身の経緯】世界一を目指した少年が芸能界を選んだ理由
横浜流星は、空手を続けながら芸能活動にも取り組んでいた。
小学6年生のときにスカウトされ、現在の所属事務所に入ったが、当初から俳優業を最優先していたわけではない。
2026年9月の『メシドラ』では、当時の芸能活動について、空手と両立しながら、芸能界の仕事は習い事のような感覚だったと振り返っている。
高校時代に訪れた人生の転機俳優への意識が変わったのは、高校時代だった。
| 時期 | 出来事 | 空手・芸能活動の状況 |
|---|---|---|
| 小学1年生 | 極真空手を始める | 空手の稽古を開始 |
| 小学6年生 | 芸能界にスカウトされる | 空手と芸能活動を両立 |
| 2011年・中学3年生 | 国際青少年空手道選手権大会で優勝 | 競技者として大きな実績 |
| 高校1年生 | 『仮面ライダーフォーゼ』に出演 | 俳優活動が本格化 |
| 高校2年生頃 | 『烈車戦隊トッキュウジャー』に出演 | 芝居の楽しさを実感 |
| 2014年 | 『烈車戦隊トッキュウジャー』放送 | 俳優としての進路を決意 |
| 2019年 | 『初めて恋をした日に読む話』に出演 | 俳優として広く認知される |
横浜は高校時代、空手を続けるか、俳優に専念するか、大学へ進学するかで悩んでいたという。
2019年のananのインタビューでは、最終的に「今しかできないことをやろう」と考え、俳優の道を選んだと語っている。
その決断を後押ししたのが、両親からの言葉だった。
人生は一度きりなんだから、流星の好きなように生きなさい
両親は空手を始めたときも、芸能界に入ったときも、本人の意思を尊重していた。
空手をすぐに辞めたわけではなかった注目したいのは、俳優への転身が空手との即時の決別を意味しなかったことだ。
2026年9月28日付のオリコンニュースによると、横浜は『烈車戦隊トッキュウジャー』に1年間出演していた間も、休日には空手に通っていたと明かしている。
つまり、仕事の比重が変わっていく中でも、長年続けた空手とのつながりを保っていた。
空手を続ける人生から俳優として生きる人生へ。横浜の場合、その変化は突然の方向転換ではなく、複数の経験を経て自然に進んだものだった。
【2026年最新】横浜流星は現在も空手を続けている?格闘技との関わり
2026年の横浜流星について、最も注目したいのは、空手の競技生活を終えた後も格闘技への関心が続いていることだ。
9月27日放送の『メシドラ』では、現在の格闘技との関わりについて本人が語っている。
現在も格闘技観戦が好き番組内で、何をしているときが楽しいかと聞かれた横浜は、芝居を挙げたうえで、格闘技を見ている時間にも触れた。
加えて、観戦する競技について次のように話している。
全部見ます。キックも、ボクシングも、総合も。
ここでいう総合は総合格闘技のことだ。
単に自分が経験した極真空手だけでなく、異なるルールの格闘技にも関心を持っている。
また、かつて一緒に練習した選手たちが現在活躍していることについても、うれしそうに語っていた。
映画『春に散る』ではボクシングにも挑戦横浜の格闘技経験を語るうえでは、2023年公開の映画『春に散る』も外せない。
同作で横浜が演じたのは、世界チャンピオンを目指すボクサー・黒木翔吾だ。
シネマトゥデイのインタビューによると、横浜は役作りのために本格的なボクシングのトレーニングを行い、プロテストにも合格した。
2023年6月にはC級ライセンス取得が発表されている。
本人は、格闘家への敬意があるからこそ、簡単な気持ちでボクサー役を引き受けることはできなかったと説明していた。
この経験から分かるのは、横浜が空手の実績だけを頼りに格闘技を演じているわけではないことだ。
2020年の映画『きみの瞳が問いかけている』でもキックボクサーを演じた際、本人は空手とキックボクシングでは身体の使い方が違うと説明し、パンチや蹴りを一から学んだと明かしている。
空手の経験は大きな強みだが、競技が違えば技術も別物である。その違いを理解して準備する姿勢が、横浜のアクションの説得力につながっている。
現在も現役の空手選手なのか2026年10月時点で、横浜が現役の競技選手として空手の大会に出場しているという情報は確認できない。
一方、本人は格闘技観戦を楽しみ、過去の仲間や対戦相手の活躍にも関心を寄せている。
したがって、現在の立ち位置は、競技者として大会に復帰したというよりも、空手を人生の基盤として持ち続ける俳優であり、格闘技の熱心なファンでもあるという理解が適切だ。
【プロの結論】横浜流星の空手の実力は本物なのか?
横浜流星の空手については、3つの観点から評価できる。
1.客観的な競技実績
2011年の国際青少年大会で13・14歳男子55kg未満の部を制した事実は、極真会館の公式大会結果に残っている。所属事務所のプロフィールにも初段と優勝歴が明記されている。
2.競技経験の深さ
小学1年生から空手を始め、松伏道場で稽古を続け、中学時代には世界大会で優勝した。型だけでなく、組手にも取り組んでいたことを本人が語っている。
3.俳優業への応用
空手で培った集中力、忍耐力、礼儀、身体操作を、アクションや役作りに生かしている。加えて、ボクシングやキックボクシングでは競技ごとの違いを学び直している。
ただし、世界大会での優勝は当時の年齢・体重別カテゴリーでの実績であり、現在のプロ格闘家としての実力を直接証明するものではない。
横浜流星の魅力は、過去の栄光を誇示することよりも、空手で身につけた姿勢を新しい仕事に生かし続けているところにある。
【横浜流星の空手】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:横浜流星の空手の流派と段位は?
A1:極真空手で、段位は初段。スターダストプロモーションの公式プロフィールにも掲載されている。
Q2:横浜流星は何歳から空手を始めた?
A2:小学1年生から。親に勧められて複数の習い事を体験した後、空手が一番楽しいと感じ、自分から希望した。
Q3:横浜流星は那須川天心と試合をしたことがある?
A3:本人の2026年の発言によると、試合で対戦したことはない。一緒に練習したり、同じ大会に出場したりした空手時代の仲間だった。
Q4:横浜流星は与座優貴に勝ったことがある?
A4:ある。2011年の国際青少年空手道選手権大会で対戦し、横浜が勝利している。対戦ラウンドについては報道によって準々決勝と準決勝の違いがある。
Q5:横浜流星は2026年現在も空手を続けている?
A5:現在の大会出場や現役競技活動は確認されていない。ただし、2026年のテレビ出演では格闘技全般を観戦していることや、空手時代の仲間との交流について語っている。
横浜流星の空手歴を振り返ると、単なる芸能人の意外な特技という言葉では片付けられない。
小学1年生から極真空手を始め、中学3年生だった2011年には国際青少年大会の13・14歳男子55kg未満の部で優勝。初段の段位も所属事務所の公式プロフィールで確認できる。
那須川天心とは同じ練習環境で過ごした仲間、与座優貴とは実際に大会で対戦したライバルという、それぞれ異なる関係も興味深い。
そして2026年現在、横浜は俳優として活動しながら、格闘技観戦を楽しみ、映画の役作りでも本格的なトレーニングに挑戦している。
空手で世界一になった少年が、今度は芝居の世界で自分の限界に挑み続けている。
横浜流星の空手経験は、過去の肩書きではなく、現在の俳優人生を支える確かな原点なのである。