永野猛蔵(ながの・たけぞう)さんは、かつてJRA(日本中央競馬会)に所属していた元騎手です。2024年11月13日付で騎手免許が取り消され、現役を引退。その後は佐賀競馬場に活動の場を移し、2025年3月29日に厩務員として認定されました。2026年現在は、佐賀県競馬組合が主催する佐賀競馬の真島元徳厩舎に所属し、競走馬の調教を担当する厩舎スタッフとして働いています。
注目したいのは、騎手引退後に競馬界を離れたわけではないことです。現在の本職は厩務員で、競馬開催日には騎手の道具の管理やレース準備を手伝うバレットも兼務しています。2026年3月には阪神競馬場のチューリップ賞で佐賀所属馬の引き手を務めた姿も報じられました。
- 現在の所属: 佐賀競馬場・真島元徳厩舎の厩務員。騎手ではなく、競走馬の調教や管理に携わっています。
- JRA引退: 2024年11月13日付で騎手免許が取り消されました。引退時のJRA通算成績は2501戦111勝です。
- 現在の役割: 厩務員を本職とし、競馬開催日にはバレットも担当。2026年も佐賀競馬の現場で活動する姿が確認されています。
【2026年現在】永野猛蔵は佐賀競馬・真島元徳厩舎の厩務員

永野猛蔵さんの現在の仕事は、佐賀競馬場にある真島元徳厩舎の厩務員です。
2025年4月18日に公開された競馬情報サイト「netkeiba」の独占インタビューでは、永野さん本人への取材に加え、佐賀県競馬組合の担当者への取材を通じて、佐賀への転身と現在の仕事内容が詳しく紹介されました。
記事によると、永野さんは2025年3月中旬に佐賀へ移り、同月29日に厩務員として正式に認定されています。
現在の仕事は、競走馬の調教だけではありません。
馬房の清掃、馬の飼料の準備、寝藁の管理など、厩舎運営に欠かせない日常業務にも携わっています。インタビューでは、毎日およそ10頭の調教に騎乗していることも明かされました。
騎手時代はレースで結果を出すことが主な役割でしたが、現在は競走馬のコンディションを整え、レースで能力を発揮できるよう支える側に回っています。
ここで注意したいのが、所属先の表現です。
永野さんは佐賀県競馬組合の職員として採用されたという意味ではありません。厩務員の雇用主は調教師であり、永野さんの場合は真島元徳調教師が率いる厩舎に所属しています。佐賀県競馬組合は主催者として面接を行い、地方競馬全国協会(NAR)への確認などを経て、就業を認定する立場です。
つまり、現在の所属を正確に表すなら、佐賀競馬場・真島元徳厩舎所属の厩務員となります。
【プロフィール】永野猛蔵の生年月日・出身地・騎手を目指した原点
永野猛蔵さんは2002年9月8日生まれ。2026年10月現在、24歳です。
JRA公式の2021年ルーキーズプロフィールには、新潟県出身で、美浦・伊藤圭三厩舎所属として紹介されています。
幼いころから馬が好きで、小学5年生のときに乗馬を始めたことが、騎手を志すきっかけになりました。
本人はJRAのプロフィールインタビューで、競馬を間近で見た際の迫力に憧れを持ったと説明しています。
目標として挙げていた騎手は武豊騎手。多くの人から信頼され、馬の性格や個性に合った騎乗ができる騎手を目指していました。
基本プロフィールを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 永野猛蔵(ながの・たけぞう) |
| 生年月日 | 2002年9月8日 |
| 2026年10月現在の年齢 | 24歳 |
| 出身地 | 新潟県 |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 161.5cm |
| JRA所属時の所属厩舎 | 美浦・伊藤圭三厩舎 |
| 騎手デビュー | 2021年3月 |
| JRA騎手免許取消日 | 2024年11月13日 |
| 現在の所属 | 佐賀競馬場・真島元徳厩舎 |
| 現在の職業 | 厩務員・バレット兼務 |
若くして騎手としてデビューし、JRAで100勝を達成した経験を持つ一方、現在は競走馬の調教や管理を中心とした仕事に取り組んでいます。
【JRA時代の経歴】初騎乗初勝利から通算111勝まで
永野さんの騎手人生は2021年に始まりました。
JRA公式プロフィールによると、デビュー戦は2021年3月6日の中山競馬場第3レース。タマモヒップホップに騎乗し、初騎乗で初勝利を挙げています。
デビュー戦を勝利で飾ったことは、騎手としてのキャリアを象徴する出来事でした。
その後も経験を積み、2023年には天皇賞・春でエンドロールに騎乗。自身初のGⅠ騎乗を経験しました。
2024年7月6日には、函館競馬場で行われたマリーンステークスをナチュラルハイで制覇。この勝利によってJRA通算100勝を達成しています。
引退までの主な経歴は以下のとおりです。
| 時期 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 2002年9月8日 | 誕生 | 新潟県出身 |
| 2021年3月6日 | 騎手デビュー | 中山3Rでタマモヒップホップに騎乗し初騎乗初勝利 |
| 2022年 | 若手騎手として活躍 | JRA年間30勝を記録 |
| 2023年 | GⅠ初騎乗 | 天皇賞・春でエンドロールに騎乗 |
| 2024年7月6日 | JRA通算100勝 | マリーンステークスをナチュラルハイで勝利 |
| 2024年10月 | 騎乗停止 | 調整ルーム内でのスマートフォン使用が発覚 |
| 2024年11月13日 | 騎手引退 | 本人の申請により騎手免許取消 |
| 2025年3月29日 | 佐賀競馬で再出発 | 厩務員として正式認定 |
| 2025年4月 | バレットを担当 | 佐賀競馬で騎手をサポート |
| 2026年3月1日 | 阪神競馬場に登場 | チューリップ賞でサキドリトッケンの引き手を担当 |
JRA通算成績は2501戦111勝です。
2024年7月に100勝を達成してから、わずか数か月後に引退することになった点も、当時の競馬ファンに大きな印象を残しました。
特に、2024年は11月11日時点で28勝を挙げており、年間30勝だった2022年の成績に迫るペースでした。
競技成績だけを見れば、まだ騎手としての成長が期待される時期だったことが分かります。
【騎手引退の経緯】スマートフォン使用と親族への予想行為
永野さんがJRAを引退した背景には、調整ルーム内でのスマートフォンの不適切使用がありました。
2024年10月、東京競馬場の調整ルーム居室内に通信機器を持ち込み、外部と通信していたことが判明しました。
その後のJRAの調査では、単発の持ち込みではなく、2023年5月26日から2024年10月6日まで継続的に通信機器を使用していたことが明らかになりました。
また、スマートフォンを2台所持し、1台を預けたうえでもう1台を使用していたことも報じられています。
加えて、骨折による休業中に親族へ競馬の予想を伝えていたことも問題となりました。
2024年11月13日の引退発表に関して、特に整理しておきたいのは次の3点です。
1.調整ルーム内での通信
騎手は競馬の公正を確保するため、調整ルーム入室後の外部との接触や通信機器の使用に制限があります。永野さんはそのルールに違反していました。
2.骨折休業中の予想行為
永野さんは後のインタビューで、骨折で入院していた際、母親とのLINEでテレビ中継を見ながら「8番きそうだな」と伝えたことを説明しています。
本人は雑談のつもりだったと説明しましたが、騎手という立場からすれば軽率な行為だったと反省を述べています。
なお、本人の説明では母親は馬券を購入していません。
JRA側も、この予想行為について競馬法に抵触するものではなかったものの、遵守事項には抵触すると判断したと報じられています。
3.2024年11月13日付で騎手免許を取消
JRAは調査を踏まえて裁定委員会で12カ月の騎乗停止処分を決定しました。
しかし、永野さんは騎手免許の取消を申請し、2024年11月13日付で引退しました。そのため、12カ月の騎乗停止処分が実際に執行されることはありませんでした。
JRAの引退騎手プロフィールにも、2024年度の美浦所属引退騎手として永野猛蔵さんの名前が掲載されています。
この経緯は、単に騎手としての成績が振るわず引退したケースとは異なります。
騎手という立場に求められる公正性と規律を損なったことが、引退につながった重要な背景です。
【佐賀競馬への転身】真島元徳厩舎での仕事とバレット兼務
JRAを離れた永野さんが次の職場に選んだのが、佐賀競馬場でした。
2025年4月のnetkeiba独占インタビューによると、引退後はいったん新潟の実家に戻り、今後の進路を考えていたところ、知人から佐賀競馬で働く話を紹介されたそうです。
その際に紹介された人物が、佐賀県調騎会の会長も務める真島元徳調教師でした。
本人はインタビューで、佐賀競馬について当初はまったく想像がつかなかったものの、周囲の人々が自分のために動いてくれたことをありがたく感じ、新しい一歩を踏み出すことを決めたと語っています。
厩務員としての仕事内容佐賀競馬での本職は厩務員です。
地方競馬の厩舎スタッフは、厩務員と調教師補佐という職業区分があり、厩務員には競走馬の調教に関わる仕事も含まれます。
永野さんの場合、騎手として培った経験を生かし、日々の調教にも騎乗しています。
主な仕事内容は次のとおりです。
- 競走馬の調教への騎乗
- 馬房の清掃や管理
- 飼料の準備と配合
- 寝藁の回収や管理
- レースに向けた馬のコンディション調整
インタビューでは、毎日およそ10頭の調教を担当していると説明しています。
また、JRA時代とは調教施設や仕上げ方にも違いがあり、佐賀競馬の調教方法を学びながら仕事に取り組んでいることも明かしました。
バレットとはどんな仕事?永野さんの現在を語るうえで、もう一つ重要なのがバレットです。
バレットとは、競馬開催日に騎手のサポートを行うスタッフのことです。
具体的には、騎手の道具の管理やレース前後の準備を手伝います。レース後に騎手からムチやヘルメットを受け取る役割もあります。
永野さんは2025年4月5日からバレットも担当するようになりました。
担当する騎手は、石川慎将騎手、金山昇馬騎手、青海大樹騎手の3人です。
netkeibaの取材では、西日本の地方競馬で第1号となるバレットを務めることになったと紹介されています。
ただし、バレットは本職ではありません。
本職はあくまで真島元徳厩舎の厩務員であり、バレットは開催日に兼務する仕事です。
佐賀県競馬組合による認定と公正確保永野さんの佐賀での再出発にあたっては、過去の問題を踏まえた就業審査も行われました。
佐賀県競馬組合の担当者はnetkeibaの取材に対し、厩務員として働く場合、調教師が雇用主になる一方で、主催者側も面接を実施すると説明しています。
その後、地方競馬全国協会(NAR)にも意見を確認し、問題がなければ厩務員として認定する仕組みです。
永野さんについても、過去のスマートフォン使用や親族への予想行為について詳しく質問したうえで審査が行われました。
佐賀県競馬組合とNARの双方が就業に問題はないと判断し、2025年3月29日に厩務員として認定されています。
加えて、バレット業務についても佐賀競馬では独自の管理体制を整備しました。
業務エリアに入る際にスマートフォンをロッカーへ預け、仕事が終わるまで取り出せない仕組みを導入。警備員の配置、金属探知機による持ち物検査、電波遮断装置の設置など、公正確保を徹底する対策が紹介されています。
過去の問題を受けて、再び競馬の現場で働くためには、本人の反省だけでなく、受け入れる側の審査や管理体制も必要だったことが分かります。
【2026年最新】阪神競馬場でサキドリトッケンの引き手を担当
2026年の永野さんの近況を伝える具体的なニュースとして、3月1日に阪神競馬場で開催されたチューリップ賞があります。
この日、佐賀競馬から参戦したサキドリトッケンの陣営に、永野さんの姿がありました。
報道によると、永野さんは同馬の引き手を務め、スーツ姿でパドックに登場。かつて騎手として騎乗した経験のある阪神競馬場に、今度は厩舎スタッフという立場で戻ってきました。
サキドリトッケンは真島元徳厩舎の所属馬で、チューリップ賞では11着という結果でした。
このニュースが注目されたのは、JRA時代のファンにとって懐かしい姿だったことに加え、騎手を引退した後も競馬の現場で活動していることが改めて確認できたためです。
ただし、この阪神競馬場での登場は騎手としての復帰ではありません。
永野さんが担当していたのは、佐賀競馬の所属馬をサポートする厩舎スタッフとしての仕事です。
現在の立場を整理すると、次のようになります。
- JRA所属騎手:2024年11月13日に引退
- 佐賀競馬の騎手:騎手として所属しているわけではない
- 真島元徳厩舎の厩務員:現在の本職
- バレット:競馬開催日に兼務するサポート業務
- 阪神競馬場への登場:2026年3月、サキドリトッケンの引き手として参加
騎手として再びレースに出場したという情報と、厩舎スタッフとして競馬場に姿を見せたという情報は、明確に区別する必要があります。
【プロの結論】永野猛蔵の転身から分かる騎手引退後のキャリア
永野猛蔵さんの経歴で注目すべきなのは、JRA騎手としてのキャリアと、引退後の厩務員としてのキャリアが明確に分かれている点です。
JRAで111勝を挙げ、GⅠにも騎乗した経験は、競走馬の特徴やレースで求められる能力を理解するうえで貴重な経験です。
現在は、その知識を馬の調教や日々の管理に生かす立場になっています。
競馬界では、騎手を引退した後も調教師、厩務員、調教助手など、さまざまな形で馬に携わる道があります。
ただし、永野さんの場合は、一般的な年齢や競技成績による引退とは異なり、規律違反に伴う引退という経緯があります。
そのため、現在の活動を評価する際には、次の2つの視点が欠かせません。
第一に、騎手時代の問題と現在の仕事を混同しないこと。
過去の違反行為は、競馬の公正性に関わる重大な問題です。一方、佐賀県競馬組合とNARは所定の審査を経て厩務員としての就業を認めています。両方の事実を分けて理解する必要があります。
第二に、現在の活動を騎手復帰と誤解しないこと。
永野さんは騎手ではなく、厩務員として競走馬を支えています。バレットも騎手のサポート業務であり、騎手免許を持ってレースに騎乗することとは異なります。
競馬の世界は、騎手だけで成り立っているわけではありません。馬の調教、健康管理、飼養、レース準備など、多くの専門職によって支えられています。
永野さんの現在は、騎手としての過去を経て、競走馬を支える側へと役割を変えたキャリアの一例です。
永野猛蔵の現在・経歴に関するよくある質問(FAQ)
Q1:永野猛蔵は現在何をしていますか?
A1:2026年現在、佐賀競馬場の真島元徳厩舎に所属する厩務員として働いています。競走馬の調教や管理を担当し、競馬開催日にはバレットも兼務しています。
Q2:永野猛蔵が騎手を引退したのはいつですか?
A2:2024年11月13日です。調整ルーム内でのスマートフォン使用や、骨折休業中の親族への予想行為などが判明し、本人の騎手免許取消申請を受けて同日付で免許が取り消されました。
Q3:永野猛蔵の生年月日はいつですか?
A3:2002年9月8日です。新潟県出身で、2026年10月現在は24歳です。
Q4:永野猛蔵は佐賀競馬の騎手になったのですか?
A4:いいえ。佐賀競馬の騎手ではありません。真島元徳厩舎に所属する厩務員として働いています。
Q5:永野猛蔵が担当しているバレットとは何ですか?
A5:競馬開催日に騎手の道具の管理やレース準備をサポートする仕事です。永野さんは2025年4月5日から担当しており、厩務員としての本職と兼務しています。
Q6:永野猛蔵のJRA時代の通算成績は?
A6:JRA通算2501戦111勝です。2024年7月6日にナチュラルハイでマリーンステークスを勝ち、JRA通算100勝を達成しています。
永野猛蔵さんは、2024年11月13日にJRA騎手を引退しました。その後、2025年3月29日に佐賀競馬場の厩務員として認定され、真島元徳厩舎で新たなキャリアをスタートさせています。
2026年現在の主な仕事は競走馬の調教や管理であり、競馬開催日にはバレットも兼務しています。2026年3月のチューリップ賞では、サキドリトッケンの引き手として阪神競馬場に姿を見せました。
JRA時代の通算111勝という実績、引退に至った経緯、佐賀競馬での再出発は、それぞれ切り分けて理解することが大切です。
今後の注目点は、真島元徳厩舎でどのような競走馬を担当し、調教や厩舎スタッフとして経験を積んでいくかという点です。
騎手としてのキャリアには終止符を打ちましたが、競馬の現場で馬に携わる仕事は続いています。永野猛蔵さんの現在を知るうえでは、騎手時代の成績だけでなく、佐賀競馬で担っている新しい役割にも目を向ける必要があります。
主な事実確認資料: JRA公式プロフィール・引退騎手一覧、netkeibaの2025年4月18日独占インタビュー、2024年11月13日の日刊スポーツ報道、2026年3月1日のデイリースポーツ報道。