歌舞伎俳優の三代目市川右團次(いちかわ・うだんじ)は、大阪で生まれ、幼少期から歌舞伎の舞台に立ち、長年「市川右近」の名で活躍してきた実力派俳優です。2017年1月には、81年ぶりに復活した名跡「市川右團次」を三代目として襲名。歌舞伎だけでなく、TBS日曜劇場『陸王』や日本テレビ系『オモウマい店』など、テレビでも幅広い存在感を発揮しています。
1963年11月26日生まれで、本名は武田右近。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業した経歴を持ち、師匠は三代目市川猿之助(のちの二代目市川猿翁)です。長男の二代目市川右近との親子共演も注目されており、2026年には舞台やテレビで活動を続けています。
市川右團次は、上方歌舞伎ゆかりの名跡を継承する歌舞伎俳優です。
「右團次」は「うだんじ」と読みます。一般的な読み方とは異なるため、初めて名前を見た人には読み方が難しい可能性があります。
基本プロフィールは次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 三代目 市川右團次 |
| 読み方 | いちかわ・うだんじ |
| 本名 | 武田右近 |
| 生年月日 | 1963年11月26日 |
| 年齢 | 62歳(2026年11月2日時点) |
| 出身地 | 大阪府 |
| 屋号 | 高嶋屋 |
| 師匠 | 三代目市川猿之助(のちの二代目市川猿翁) |
| 学歴 | 慶應義塾大学法学部政治学科卒業 |
| 長男 | 二代目市川右近 |
| 主な出演作 | 『陸王』『どうする家康』など |
プロフィールの生年月日や学歴、芸歴については、大阪市の文化人物紹介や歌舞伎関連の人物インタビューなどでも確認できます。
本名は武田右近!芸名との関係は?市川右團次の本名は武田右近(たけだ・うこん)です。
1972年の初舞台では、本名の武田右近として舞台に立ちました。その後、師匠である三代目市川猿之助の部屋子となった1975年に、市川右近を名乗っています。
つまり、現在の「市川右團次」という名前になる前から、「右近」という名前は本人の人生と深く結び付いていました。
2017年の襲名では、この右近という名前を長男に譲り、自身は三代目市川右團次となりました。
単なる芸名変更ではなく、親子で芸名を受け継ぐという歌舞伎ならではの節目だったのです。
年齢は2026年11月2日時点で62歳市川右團次は1963年11月26日生まれです。
2026年11月2日時点では62歳で、同年11月26日に63歳の誕生日を迎えます。
50年以上にわたって舞台芸術の世界に身を置き、子役時代から現在まで芸歴を積み重ねてきました。
慶應義塾大学法学部政治学科を卒業学歴は、慶應義塾大学法学部政治学科卒業です。
1987年3月に卒業したことが大阪市の文化人物紹介にも記録されています。
歌舞伎俳優として幼少期から活動する一方、大学で学問にも取り組んでいた点は、右團次のプロフィールの特徴です。
また、父親は日本舞踊飛鳥流の家元・飛鳥峯王です。歌舞伎の家に生まれたというより、日本舞踊の家系を背景に芸能の世界へ進んだ人物といえます。
【経歴】大阪での初舞台から市川右近時代、2017年の三代目襲名まで

市川右團次の芸歴を理解するうえで欠かせないのが、大阪での幼少期と、三代目市川猿之助との出会いです。
現在の名跡に至るまでには、長い修業期間と歌舞伎界での経験がありました。
1972年、京都南座で初舞台市川右團次は、1972年6月、京都南座の『天一坊』で初舞台を踏みました。
当時は8歳。本名の武田右近として、一子忠右衛門役を演じています。
幼い頃から舞台に立ち、歌舞伎の世界に入ったことが、その後の長い芸歴の出発点となりました。
1975年、三代目市川猿之助の部屋子に大きな転機となったのが1975年です。
大阪・新歌舞伎座での『二人三番叟』において、市川猿之助の部屋子となり、市川右近を名乗りました。
師匠は三代目市川猿之助。後に二代目市川猿翁を名乗る人物です。
右團次は師匠のもとで歌舞伎の技術を磨き、スーパー歌舞伎をはじめとするさまざまな舞台で経験を積みました。
幼少期に三代目市川猿之助の舞台を見て、宙乗りなどの演出に魅了されたことも、歌舞伎俳優を志すきっかけになったと紹介されています。
市川右近時代の代表的な活躍市川右近の名前で活動した期間は、1975年から2017年までのおよそ42年間です。
この時代の右團次は、師匠の舞台を支えるだけでなく、若手俳優を中心とした「二十一世紀歌舞伎組」でも中心的な役割を担いました。
代表的な舞台には次のような作品があります。
- スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』
- 『黒塚』
- 『獨道中五十三驛』
- 『華果西遊記』
特に『華果西遊記』の孫悟空役は、右團次の持ち味であるエネルギッシュな演技やケレンを生かせる役として知られています。
歌舞伎だけでなく、1997年にはオペラ『ポッペアの戴冠』の演出も担当。1998年にはテレビ朝日系ドラマ『影武者徳川家康』で徳川秀忠を演じ、テレビドラマにも活動の場を広げました。
1989年には松尾芸能賞新人賞、1992年には歌舞伎座賞を受賞しています。
2017年、三代目市川右團次を襲名2017年1月、市川右近は新橋演舞場の「寿新春大歌舞伎」で三代目市川右團次を襲名しました。
この襲名は、歌舞伎界にとっても大きな出来事でした。
市川右團次という名跡は、初代と二代目が関西歌舞伎で活躍した歴史ある名前です。二代目が1936年に亡くなって以来、長く使われていませんでした。
そのため、2017年の襲名は81年ぶりの名跡復活となりました。
また、襲名と同時に長男の武田タケルも二代目市川右近を名乗って初舞台を踏んでいます。
父親が新しい名跡を継ぎ、息子が父親の旧名を受け継ぐ。この親子同時の襲名は、右團次の芸歴を語るうえで重要な出来事です。
【名跡と芸風】屋号は高嶋屋!師匠・市川猿之助との関係
市川右團次を理解するには、名前だけでなく、歌舞伎の屋号や師弟関係にも目を向ける必要があります。
屋号は高嶋屋市川右團次の屋号は高嶋屋です。
歌舞伎では、俳優の家や一門を示す呼び名として屋号が使われます。
右團次は市川右近時代には師匠の澤瀉屋に属していましたが、2017年に市川右團次を襲名したことで、屋号は高嶋屋となりました。
ただし、屋号が変わったからといって師匠との関係がなくなったわけではありません。
2017年の襲名発表では、本人が師匠との師弟関係は一生変わらないという趣旨を述べています。
この点は、右團次の芸のルーツを考えるうえで重要です。
師匠は三代目市川猿之助(市川猿翁)右團次の師匠は、三代目市川猿之助です。
後に二代目市川猿翁を名乗った人物で、スーパー歌舞伎や宙乗り、早替りなどの演出で知られています。
右團次も師匠のもとで、従来の歌舞伎の様式だけでなく、観客を驚かせる視覚的な演出や大胆な身体表現を学びました。
その経験は、現在の右團次の芸風にもつながっています。
右團次の芸風を特徴付ける「ケレン」右團次の芸を語るときに登場する言葉が「ケレン」です。
ケレンとは、歌舞伎における早替りや宙乗り、本水を使った立廻りなど、観客の目を引く趣向や演出を指します。
右團次が継いだ名跡の初代・二代目も、こうした演出を得意としていました。
つまり、三代目右團次の襲名は、単に名前を復活させたのではなく、上方歌舞伎におけるケレンの伝統を受け継ぐ意味も持っていたのです。
一方、右團次はスーパー歌舞伎だけの俳優ではありません。古典歌舞伎にも取り組み、演目や共演者に応じて異なる役柄を演じています。
【家族】息子は二代目市川右近!親子共演と受け継がれる芸
市川右團次の家族について、特に注目されているのが長男の二代目市川右近です。
父親と息子がそれぞれ歌舞伎俳優として活動しているため、親子での舞台共演も話題になっています。
長男・市川右近のプロフィール長男の市川右近は、2010年4月18日生まれです。
2016年、歌舞伎座『義経千本桜』で武田タケルの名前で初お目見得を果たしました。
そして2017年、新橋演舞場の『雙生隅田川』で二代目市川右近を名乗り、初舞台を踏んでいます。
同年にはスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』でトニートニー・チョッパー役を演じました。
その後も歌舞伎の舞台を重ね、2019年にはTBS系ドラマ『ノーサイド・ゲーム』でテレビドラマデビューしています。
2026年には16歳となり、父親と同じく歌舞伎の舞台で経験を積んでいます。
2019年、ラグビーワールドカップ開幕式で『連獅子』親子共演の代表的な出来事が、2019年9月のラグビーワールドカップ日本大会開幕式です。
市川右團次は、長男の二代目市川右近とともに歌舞伎舞踊『連獅子』の一部を披露しました。
『連獅子』は、親獅子と仔獅子の関係を題材とした有名な舞踊です。
親子で演じることで、作品の持つ親子の物語と、実際の父子関係が重なる舞台となりました。
その後も親子共演は続き、2020年の『伝統芸能 華の舞』では、巡業で『連獅子』を披露しています。
2026年にもテレビ番組で親子共演親子共演は2026年にも実現しました。
3月28日放送のBSテレ東『今宵、町寿司で 市川右團次と小粋な一献』最終回には、息子の二代目市川右近がゲスト出演。
親子で東京・早稲田の老舗寿司店を訪れ、江戸前寿司を楽しむ様子が紹介されました。
歌舞伎の舞台だけでなく、テレビ番組でも親子の自然なやり取りが見られることは、右團次一家の活動の特徴です。
なお、家族については長男との共演が広く紹介されていますが、家族全員の私生活が詳細に公表されているわけではありません。
公の場で確認できる親子の芸能活動を中心に見ると、右近への芸の継承が右團次の重要な活動の一つになっていることが分かります。
【テレビ出演】『陸王』から『オモウマい店』まで幅広く活躍
市川右團次は歌舞伎俳優としての活動に加え、テレビドラマやバラエティー番組でも知られています。
テレビ出演によって歌舞伎に馴染みのない視聴者にも名前が知られるようになりました。
ドラマ『陸王』でシューフィッター役代表的なテレビ出演作が、2017年放送のTBS日曜劇場『陸王』です。
池井戸潤の小説を原作とする同作で、右團次は村野尊彦役を演じました。
村野は、ランニングシューズの調整に関わるカリスマシューフィッターという役どころです。
主演の役所広司をはじめ、山﨑賢人、竹内涼真、上白石萌音などが出演した作品で、右團次も重要な役を担いました。
歌舞伎の舞台で培った表現力を、現代劇の人物表現に生かした出演として知られています。
『オモウマい店』にも出演2026年10月6日放送の日本テレビ系『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』にもゲスト出演しました。
同日の放送では、宮崎県宮崎市の「百姓うどん」を取り上げ、名物のごぼう天うどんやタワーかき氷、店主の新人育成などが紹介されました。
共演者はヒロミ、小峠英二、太田博久、ME:IのKEIKOなどです。
歌舞伎の舞台では厳格な様式美を見せる一方、バラエティー番組では食や人との交流を楽しむ姿が見られます。
このギャップも、テレビでの右團次の魅力の一つです。
『今宵、町寿司で 市川右團次と小粋な一献』2026年のテレビ活動では、BSテレ東の『今宵、町寿司で 市川右團次と小粋な一献』も注目されました。
この番組は、寿司好きの右團次が町の寿司店を訪れ、店主や常連客との交流を楽しむ紀行番組です。
2026年にはSeason2が7月から放送され、9月19日には沢口靖子をゲストに迎えた最終回が放送されました。
右團次自身が、役者にならなければ寿司屋になりたかったと思うほどの寿司好きであることも、番組の個性につながっています。
歌舞伎俳優としての顔とは異なる、食文化や人情に触れる姿を楽しめる番組です。
【2026年最新】市川右團次の現在と今後の舞台活動
2026年11月2日時点でも、市川右團次は舞台とテレビの両方で活動しています。
2026年の公演情報を見ると、歌舞伎座や南座などの劇場公演に加え、地方での特別公演にも出演しています。
2026年の主な活動- 1月: 新橋演舞場「初春大歌舞伎」
- 4月〜5月: 『AmberS-アンバース-』
- 6月: 六月博多座大歌舞伎
- 7月: 歌舞伎座「七月大歌舞伎」
- 10月: 南座「市川團十郎特別公演」
- 11月6日・7日: 山口県下関市「市川團十郎 壇ノ浦歌舞伎」出演予定
特に10月3日から25日まで開催された南座「市川團十郎特別公演」では、右團次は昼の部の『鞘當』で伴左衛門、夜の部の『荒事 大力天無双』で藤原房前を演じました。
11月は下関で「市川團十郎 壇ノ浦歌舞伎」2026年11月の注目公演は、山口県下関市で開催される「市川團十郎 壇ノ浦歌舞伎」です。
開催日は2026年11月6日(金)・7日(土)。
壇ノ浦を望む岬之町にぎわい広場に特設舞台を設けて行われる特別公演で、市川團十郎、市川右團次、市川新之助らが出演します。
演目には『延年之舞』『静と知盛』『連獅子』が予定されており、右團次は『静と知盛』に出演します。
劇場とは異なる屋外空間で、歴史的な土地と歌舞伎を結び付ける公演です。
2026年の右團次の活動を見ると、テレビで知名度を広げる一方、歌舞伎の舞台でも着実に出演を続けていることが分かります。
【プロの結論】市川右團次が評価される理由は伝統と幅広い表現力
市川右團次の経歴を振り返ると、単に有名な歌舞伎俳優というだけでは説明できない特徴があります。
第一に、幼少期から舞台に立ち、三代目市川猿之助のもとで長年修業してきたことです。
第二に、2017年の襲名によって、81年間途絶えていた上方歌舞伎ゆかりの名跡を復活させたことです。
第三に、歌舞伎の舞台に活動を限定せず、ドラマやバラエティー、紀行番組にも出演していることです。
特に注目したいのは、市川右近から市川右團次への襲名が、芸の継承と活動領域の拡大を同時に意味していた点です。
襲名前から培ってきた師匠の芸を受け継ぎながら、新たな名跡によって上方歌舞伎の歴史にも向き合う。そしてテレビ出演によって、歌舞伎に触れる機会の少ない人にも自分の存在を伝えていく。
こうした活動は、伝統芸能の俳優が現代のメディア環境とどのように関わっていくかを考えるうえでも興味深いものです。
また、長男の二代目市川右近との親子共演は、芸を次の世代へ伝えるという歌舞伎の伝統を具体的に示しています。
今後の右團次を見る際には、テレビ出演の回数だけでなく、どのような演目に出演し、どのような役を担っているのかにも注目すると、俳優としての魅力がより深く理解できます。
【FAQ】市川右團次に関するよくある質問
Q1:市川右團次の読み方は?
A1:市川右團次は「いちかわ・うだんじ」と読みます。2017年に三代目を襲名した歌舞伎俳優です。
Q2:市川右團次の本名は何ですか?
A2:本名は武田右近です。初舞台も本名で踏み、その後、市川右近を名乗りました。
Q3:市川右團次は何歳ですか?
A3:1963年11月26日生まれです。2026年11月2日時点では62歳で、同月26日に63歳になります。
Q4:市川右團次の息子は誰ですか?
A4:長男は二代目市川右近です。2017年に初舞台を踏み、父親とともに歌舞伎の舞台やテレビ番組にも出演しています。
Q5:市川右團次の師匠は誰ですか?
A5:師匠は三代目市川猿之助(のちの二代目市川猿翁)です。1975年に部屋子となり、市川右近を名乗りました。
Q6:市川右團次の屋号は何ですか?
A6:屋号は高嶋屋です。2017年に三代目市川右團次を襲名した際に、屋号も澤瀉屋から高嶋屋となりました。
Q7:市川右團次は『陸王』で何役を演じましたか?
A7:TBS日曜劇場『陸王』で、カリスマシューフィッターの村野尊彦を演じました。
Q8:市川右團次は2026年もテレビに出演していますか?
A8:はい。2026年10月6日放送の『オモウマい店』にゲスト出演しました。また、BSテレ東の『今宵、町寿司で 市川右團次と小粋な一献』にも出演しています。
市川右團次は、1963年に大阪で生まれ、8歳で初舞台を踏んだ歌舞伎俳優です。
本名は武田右近。三代目市川猿之助のもとで修業を重ね、約42年間にわたり市川右近として活動した後、2017年に三代目市川右團次を襲名しました。
慶應義塾大学法学部政治学科卒業という学歴に加え、『陸王』などのテレビドラマや『オモウマい店』といったバラエティー番組への出演でも知られています。
長男の二代目市川右近との親子共演も続いており、2026年にはテレビ番組での共演も実現しました。
2026年11月には下関での「市川團十郎 壇ノ浦歌舞伎」への出演も予定されています。
伝統を守る歌舞伎俳優でありながら、テレビや親子共演を通じて新しい観客との接点を広げていること。 それこそが、市川右團次という人物を理解するための大切なポイントです。
今後も舞台での芸の継承と、息子・市川右近との活動の両方に注目が集まりそうです。
主な事実確認資料: 大阪市の文化人物紹介、歌舞伎美人の襲名発表、歌舞伎インタビュー、TBS『陸王』公式出演者情報、スターダストプロモーションの市川右近プロフィール、BSテレ東の番組情報、下関市の2026年公演発表などを参照しています。