- 現在の親方: 元小結・旭豊勝照。立浪耐治、本名は市川耐治。 - 部屋の継承: 1999年2月23日、先代の定年退職に伴い第7代立浪を襲名。 - 現役時代の実績: 通算364勝341敗26休、金星4個、殊勲賞・敢闘賞を各1回受賞。 - 代表的な所属力士: 第74代横綱・豊昇龍、元関脇・明生ら。 - 2026年の所属力士: 日本相撲協会の11月場所番付掲載情報では14人。 - 部屋の所在地: 東京都台東区橋場1-16-5。所属は出羽海一門。
【2026年現在】立浪部屋の親方は誰?本名・年齢・プロフィール

立浪部屋の親方は、立浪耐治(たつなみ・たいじ)です。現役時代の四股名は旭豊勝照(あさひゆたか・かつてる)。日本相撲協会の公式プロフィールでは、本名も市川耐治と記載されています。
1968年9月10日生まれで、2026年10月現在は58歳。愛知県春日井市の出身です。
日本相撲協会の年寄プロフィールでは、立浪部屋の師匠として登録され、役職は委員となっています。1999年に部屋を継承してから、2026年で27年目を迎えました。
立浪親方の基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の親方名 | 立浪耐治 |
| 現役時代の四股名 | 旭豊勝照 |
| 本名 | 市川耐治 |
| 生年月日 | 1968年9月10日 |
| 2026年の年齢 | 58歳 |
| 出身地 | 愛知県春日井市 |
| 最高位 | 小結 |
| 初土俵 | 1987年3月場所 |
| 引退場所 | 1999年1月場所 |
| 所属部屋 | 立浪部屋 |
| 日本相撲協会での役職 | 委員 |
注目したいのは、立浪親方が単に名門部屋の名跡を受け継いだ人物ではないという点です。
自身も小結まで昇進した実力者であり、現役引退後は横綱を育てる指導者として実績を積み上げてきました。
特に豊昇龍の育成は、現在の立浪部屋を語るうえで欠かせない成果です。
【旭豊の現役時代】小結まで昇進した実績と成績を解説
旭豊勝照(あさひゆたか・かつてる)
1987年3月初土俵・1999年1月引退
最高位は小結。長身と柔軟な体を生かした寄りや投げを得意とし、横綱から金星を獲得した上位キラーとしても知られました。
旭豊は高校卒業後の1987年3月場所、元大関・旭國が師匠を務めていた大島部屋から初土俵を踏みました。
入門直後は順風満帆ではありませんでした。
1987年5月場所にはリウマチを患って全休し、さらに復帰後も左足首の負傷に見舞われます。番付外への転落を2度経験しました。
しかし、そこから再起を果たし、徐々に番付を上げていきます。
- 1993年11月場所: 新十両
- 1995年3月場所: 新入幕
- 1996年5月場所: 新小結
- 1999年1月場所: 現役引退
特に1996年は、旭豊の現役人生を代表する時期でした。
貴乃花・曙から金星を獲得した上位キラー旭豊の特徴は、相手の懐に入ってからの鋭い寄りと、柔軟な体を使った投げ技です。
1996年3月場所では、当時の横綱・貴乃花を破って初金星を獲得しました。
同場所では14勝1敗で優勝した貴乃花に唯一の黒星をつけ、9勝を挙げて殊勲賞を受賞しています。
さらに同年9月場所には横綱・曙を破って金星を獲得。敢闘賞にも選ばれました。
1997年11月場所には優勝した貴乃花を破り、1998年1月場所には曙からも金星を獲得しています。
横綱や大関を相手にしても臆せず、思い切った攻めを見せる取り口が旭豊の魅力でした。
旭豊の生涯成績・受賞歴日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている記録は次のとおりです。
| 項目 | 成績 |
|---|---|
| 生涯戦歴 | 364勝341敗26休 |
| 在位場所数 | 72場所 |
| 幕内戦歴 | 160勝198敗 |
| 幕内在位 | 24場所 |
| 最高位 | 小結 |
| 幕内優勝 | 0回 |
| 十両優勝 | 1回 |
| 幕下優勝 | 2回 |
| 殊勲賞 | 1回 |
| 敢闘賞 | 1回 |
| 技能賞 | 0回 |
| 金星 | 4個 |
ここで押さえておきたいのは、旭豊は幕内優勝こそ経験していないものの、横綱から4個の金星を獲得していることです。
幕内での勝ち星だけでは測れない、上位陣に対する勝負強さを持っていた力士でした。
また、旭豊は大島部屋時代にモンゴル出身の後輩力士たちと稽古を重ねています。後の旭天鵬や旭鷲山らと切磋琢磨した経験も、相撲の幅を広げる一因になったとSportivaの連載記事は紹介しています。
【立浪部屋の歴代親方】1999年の継承までの歴史と系譜
立浪部屋は、現在の親方が一代で作り上げた相撲部屋ではありません。
その歴史は大正時代までさかのぼり、横綱や大関を数多く育ててきた伝統ある名門です。
立浪部屋を受け継いできた4人の師匠立浪部屋の師匠の系譜を整理すると、次のようになります。
歴代師匠を理解するうえで注意したいのが、第5代と第6代の違いです。
第5代は第36代横綱の羽黒山政司、第6代は元関脇の安念山治です。第6代も1961年に羽黒山の四股名を継承したため、同じ羽黒山という名前が登場します。
この2人は別人物であり、立浪部屋の歴史を調べる際に混同されやすいポイントです。
1999年2月23日、旭豊が第7代立浪を襲名現在の立浪親方が部屋を継承したのは、1999年2月23日です。
当時の第6代立浪親方は、元関脇・安念山(のちの羽黒山)でした。1999年2月に日本相撲協会の定年を迎えることから、後継者として旭豊が立浪の名跡を引き継ぎました。
その背景には、1995年の結婚と養子縁組があります。
旭豊は現役時代の1995年、先代親方の長女と結婚し、婿養子となりました。大島部屋出身の力士が、立浪部屋の後継者になるという形です。
1999年1月場所限りで現役を引退し、準年寄・旭豊を経て、第7代立浪を襲名。こうして現在まで続く体制が始まりました。
【立浪部屋の名跡継承問題】1億7500万円の裁判の真相
立浪部屋の継承を語るとき、避けて通れないのが先代親方と旭豊の間で起きた年寄名跡を巡る訴訟です。
単なる親方交代ではなく、部屋の運営方針、家族関係、年寄名跡の継承金が絡んだ問題でした。
先代親方と旭豊の対立が表面化部屋を継承した後、旭豊と先代親方の間では、部屋の経営や弟子の指導方針を巡って意見の食い違いが生じました。
2000年8月には、先代親方夫妻が家庭裁判所に家事調停を申し立てています。
求められた内容には、養子縁組の解消、立浪の年寄名跡の継承金、部屋の建物の明け渡しなどが含まれていました。
旭豊側との話し合いはまとまらず、問題は裁判へと発展します。
1億7500万円を巡る裁判の経過特に注目されたのが、年寄名跡「立浪」の襲名継承金として先代親方が請求した1億7500万円です。
裁判の経過を時系列で整理します。
| 時期 | 出来事 | 結果・判断 |
|---|---|---|
| 1995年 | 旭豊が先代親方の長女と結婚し、養子縁組 | 後継者としての関係が成立 |
| 1999年2月 | 旭豊が第7代立浪を襲名 | 部屋を正式に継承 |
| 2000年8月 | 先代親方夫妻が家事調停を申し立て | 調停不成立 |
| 2001年 | 年寄名跡の継承金を巡り提訴 | 1億7500万円の支払いが争点に |
| 2003年2月24日 | 東京地裁が判決 | 先代側の請求を認め、支払いを命令 |
| 2004年1月28日 | 東京高裁が控訴審判決 | 一審を取り消し、先代側の請求を棄却 |
| 2004年7月 | 最高裁が先代側の上告を退ける | 高裁判決が確定 |
この問題で特に誤解されやすいのが、1億7500万円という金額です。
2003年の東京地裁は、先代親方と旭豊の間に、名跡の継承に伴う金銭支払いの合意があったと判断しました。そのため、先代親方側の請求を認めています。
しかし、2004年1月の東京高裁は判断を覆しました。
主な理由は、名跡の対価を支払うという具体的な交渉がなかったこと、当時の両者の関係が養父母と婿養子という家族関係にあったこと、そして支払いに関する口頭の合意が曖昧だったことです。
その後、最高裁も先代親方側の上告を退け、東京高裁の判断が確定しました。
つまり、最終的な司法判断では旭豊側が勝訴し、1億7500万円の支払い義務は認められなかったということです。
この訴訟を、年寄名跡の市場価格が1億7500万円と司法によって最終確定した事件だと理解するのは正確ではありません。
一審で認められた金額と、最終的に確定した裁判結果は区別する必要があります。
年寄名跡の継承には、相撲界の伝統や協会の制度だけでなく、当事者間の合意という法律上の問題も深く関係していることが分かる事例です。
【豊昇龍・明生】2026年の立浪部屋所属力士一覧と現在の実情
2026年の立浪部屋を象徴する力士は、何といっても第74代横綱・豊昇龍です。
加えて、関脇経験者の明生や、幕下以下で成長を続ける力士たちが所属しています。
豊昇龍は立浪親方が育てた第74代横綱は1999年5月22日生まれ、モンゴル・ウランバートル出身です。
2018年1月場所で初土俵を踏み、2023年9月に大関へ昇進。そして2025年3月場所から第74代横綱として土俵に上がっています。
日本相撲協会の公式プロフィールでも、所属部屋は立浪部屋と明記されています。
豊昇龍は元横綱・朝青龍の甥としても知られていますが、師匠との関係にも興味深いエピソードがあります。
四股名の「豊」は師匠の現役時代の四股名・旭豊から、「龍」は叔父の朝青龍から受け継いだものです。
「昇」の字についても、立浪親方が提案したと報じられています。
2018年の入門から2025年の横綱昇進まで、約7年間にわたる育成の積み重ねが、現在の立浪部屋を代表する成果につながりました。
明生も立浪部屋を代表する実力者は鹿児島県出身で、2011年5月場所に初土俵を踏みました。
2018年7月場所で新入幕を果たし、2021年7月場所には新小結、同年9月場所には関脇に昇進しています。
最高位は関脇。三賞では殊勲賞と敢闘賞をそれぞれ1回受賞しています。
2026年11月場所の番付では東十両十三枚目となっています。直前の2026年9月場所は7勝8敗でした。
かつて幕内上位や三役で活躍した経験を持つ力士だけに、再び幕内に戻れるかも注目点です。
2026年11月場所の立浪部屋所属力士一覧日本相撲協会の公式部屋紹介ページに掲載されている2026年11月場所の番付情報を整理しました。
2026年10月30日時点・11月場所の番付。場所の取組結果ではありません。
幕内
- 西横綱:豊昇龍
十両
- 東十三枚目:明生
幕下
- 東八枚目:大花竜
- 西十九枚目:北大地
- 西二十五枚目:天空海
- 西二十九枚目:上戸
三段目
- 西二枚目:木竜皇
- 東十八枚目:春雷
- 西五十八枚目:多良浪
序二段
- 西十二枚目:一翔
- 東二十枚目:筑波山
- 東四十六枚目:北洋山
- 西四十六枚目:幸奄美
序ノ口
- 西二枚目:刻竜浪
以上、所属力士は合計14人です。
現在の立浪部屋は、横綱という最高位の力士を擁する一方、幕下以下にも複数の力士を抱えています。
横綱の存在だけで部屋の実力を評価するのではなく、関取の層の厚さや若手の成長にも注目すると、部屋全体の育成状況が見えてきます。
【立浪部屋の所在地】台東区橋場への移転と出羽海一門の関係
立浪部屋の現在の所在地は、東京都台東区橋場です。
日本相撲協会の公式情報と立浪部屋の公式サイトで、同じ住所が確認できます。
立浪部屋の所在地
東京都台東区橋場1-16-5
〒111-0023
東京都台東区橋場
日本相撲協会・立浪部屋公式サイト掲載住所
つくばみらい市から東京へ移転した理由と時期
立浪部屋は、以前から現在の台東区橋場にあったわけではありません。
2007年8月には、東京都墨田区両国から茨城県つくばみらい市陽光台へ移転しています。
その後、2021年7月末に東京都台東区浅草方面へ移転しました。
2021年7月10日には、後援会関係者や立浪親方、明生、豊昇龍、天空海らがつくばみらい市長を訪問し、移転を報告しています。
茨城での土俵開きから14年にわたって地域に根付いてきた部屋が、東京に拠点を戻した形です。
立浪部屋は何一門?現在は出羽海一門もう一つ、知っておきたいのが一門の所属です。
立浪部屋は、もともと立浪一門を代表する存在でした。しかし、旭豊が師匠となって以降、一門との関係は変化しています。
2012年には立浪一門を離れ、貴乃花親方を支持する動きに加わりました。その後、2014年に貴乃花一門の一員となります。
2018年5月には貴乃花一門から離脱する意向を表明し、同年9月には出羽海一門への加入が認められました。
したがって、2026年現在の立浪部屋は出羽海一門に所属する相撲部屋です。
かつての立浪一門と、現在の立浪部屋の所属一門は同じではありません。この違いは、検索時に混同しやすい部分です。
【立浪部屋の親方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:立浪部屋の親方の本名は何ですか?
A1:立浪耐治親方の本名は市川耐治です。現役時代は旭豊勝照という四股名で、最高位は小結でした。
Q2:立浪親方はいつ立浪部屋を継承しましたか?
A2:1999年2月23日です。元小結・旭豊が第7代立浪を襲名し、先代親方の定年退職に伴って部屋を引き継ぎました。
Q3:豊昇龍の師匠は誰ですか?
A3:立浪親方(元小結・旭豊)です。豊昇龍は2018年1月場所に立浪部屋から初土俵を踏み、2025年3月場所に第74代横綱へ昇進しました。
Q4:立浪部屋はどこにありますか?
A4:東京都台東区橋場1-16-5です。2021年7月末につくばみらい市から東京都台東区へ移転しました。
Q5:立浪部屋は何一門に所属していますか?
A5:出羽海一門です。2018年9月に加入が認められています。
2026年現在の立浪部屋を率いているのは、元小結・旭豊勝照こと立浪耐治親方です。
1987年に大島部屋から初土俵を踏み、横綱・貴乃花や曙から金星を獲得。1999年に現役を引退して立浪部屋を継承しました。
その後には先代との名跡継承問題や一門の移籍、部屋の移転など、さまざまな出来事がありました。
しかし、親方としての現在を評価するうえで見逃せないのは、豊昇龍を第74代横綱に育て上げた実績です。
【プロの結論】立浪部屋を見るなら3つの視点が重要立浪部屋の実情を理解するためには、次の3点を押さえておくと分かりやすくなります。
1. 親方自身の実績: 旭豊は小結まで昇進し、金星4個を獲得した実力者。
2. 部屋継承の歴史: 1999年の継承には家族関係と年寄名跡の訴訟という複雑な背景があった。
3. 現在の育成力: 豊昇龍の横綱昇進に加え、明生らの実績も部屋の指導力を示している。
また、2026年11月場所の番付では、豊昇龍が西横綱、明生が東十両十三枚目に位置しています。若手力士を含めた14人の所属力士が、現在の立浪部屋を構成しています。
立浪部屋は、双葉山や羽黒山を輩出した伝統を持ちながら、現在は豊昇龍という新たな横綱を中心に次の時代を築いている最中です。
立浪耐治親方の今後の注目点は、横綱・豊昇龍のさらなる活躍だけでなく、明生の幕内復帰や次世代の関取育成にもあります。 名門部屋の歴史と現在の成績を合わせて見ることで、立浪部屋の本当の姿が見えてきます。